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えべっさんの飴

2019.01.20.13:33

和歌山から「のし飴」が来ました。
通称「えべっさんの飴」です。
「えべっさん」というのは、恵比寿さまのことです。
和歌山では十日戎の時だけ販売される縁起物の飴があるそうで、「えべっさんの飴」というんですね。
紅白のシマシマの先がクルっと丸まっています。
「のし」に形が似てるから「のし飴」ですかね?
滋賀ではこういう習慣は無く、初めて見ました。


見た目がキャンディーケーンにソックリです。
キャンディーケーンはクリスマスの縁起物なんだとランデル兄が言ってました。
(アマゾソの画像)

キャンディーケーンの起源はよく分かっていないそうですが、wikiにこうありました。

キャンディケインはもともとは15世紀初期にフランスの僧侶が初めて作ったが、当時は白の単色で先も曲がっていなかった。

杖形になったのは1670年にドイツのケルン大聖堂の聖歌隊隊長が羊飼いの杖の形にして子供たちに配ったことからという説や、ユール(クリスマスのもととなった祭りの1つ)の木を食べ物で飾るために曲げられたという説などがある。


えべっさんの飴の起源はいつなんだろう?
日本の飴をwikiってみました。
すると、こうありました。

文献上は、神武天皇が大和の国を平定した際に、「大和高尾」の地で「水無飴」を作ったという記載が、『日本書紀』の「神武紀」にある。

われ今まさに八十平瓮をもちて、水無しにして飴を造らむ
この「飴」は「たがね」と読む。『日本書紀』は神話であり、「神武天皇の時代」とされる紀元前7世紀については不明であるが、同書が編纂された720年(養老4年)には、既に飴が存在していたことになる。

平安時代の延喜式には「京都に飴屋ができた」とあり、鎌倉時代には「飴売り行商」も誕生した。江戸時代になると様々な姿で、おもしろおかしく飴を売り歩くようになった。


現在の奈良県で、紀元前7世紀には飴があった……
日本、すごい。
最初はお菓子ではなく、薬みたいな扱いだったろうな。

和歌山のえべっさんの飴の起源は分かりませんが、大和国で出来た飴が西洋に伝わって行ったと考えるのが自然な気がするし、大和国の飴がそのまま和歌山に残っているのも自然なことのように思えます。

縁起物の飴をいただきながら、日本に生まれたことに感謝しています。
日本弥栄!

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Author:あやにゃん
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