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国友一貫斎

2015.10.11.08:28

昨日、天文学の専門家から国友一貫斎の話を聞きました。

江戸時代の日本で彼が天才的な才能を発揮し
素晴らしい精度の反射望遠鏡を作成した話です。


Wikipediaによると
国友 一貫斎(くにとも いっかんさい、
九代目国友 藤兵衛(- とうべえ)
安永7年10月3日(1778年11月21日) -
天保11年12月3日(1840年12月26日))

鉄砲鍛冶師、発明家。幼名は藤一。
号は一貫斎、眠龍。諱は重恭。
能当(旧字では能當)と銘を切る。
日本で最初の実用空気銃や反射望遠鏡を製作。
その自作の望遠鏡を用いて天体観測を行った。




月のスケッチを残しています。


それだけでなく、太陽黒点の観測も長期に渡って行っています。
観測は一貫斎が亡くなるまで続けられましたが、
「もう少し彼が長生きしていたら、
太陽黒点の11年周期を発見していたかもしれない」
とのことでした。

不思議なのはここから。

一貫斎が太陽黒点を観測していたのと同時期、
スイスの天文学者が中心となって、ヨーロッパ各地で
国際的に太陽黒点の観測が行われていたこと。

日本の、一介の鉄砲鍛冶である一貫斎が
スイスの天文学者が呼びかけた
国際的な太陽黒点観測の話を知る由も無い筈なのに、
偶然にも全く同じように観測しており、
観測データをすり合わせると、ぴったり一致したそうです。

国友一貫斎は子供の頃から非凡な才能を発揮していた
素晴らしい発明家でもあったようですが、
スイスの天文学者の国際会議(があったかどうかは知らないが)
に参加でもしてきたかのように、
遠く離れた日本でたった一人、太陽黒点観測を行い、
死ぬまで緻密な記録を取り続けていたのは不思議な話です。
彼は霊的に天文学者の国際会議に出ていたのかもしれません。

一貫斎は他にも、人力飛行機の設計をしたり(飛ばないが)、
頭と心がかなり自由な人であったようです。

それと、見たものをそのまま記録することの大切さ。
一貫斎のスケッチは、現代の天文学者が見ても
かなり精度の高い記録だそうです。
他にも土星の輪や衛生タイタンまでも記録し、
金星の満ち欠け、木星の縞模様まで記録しています。

見えたものをそのまま素直に受け入れて正確に記録。
科学者の鑑だと思いました。


★素直な心と自由な精神
★根気強さと緻密さ(膨大なデータ)
★現実的な経済感覚
(望遠鏡を各地の大名に売り込んで資金調達)
(村全体に仕事を分配して村人の収入を確保)

一貫斎スゲェ!!
こういう人をヲサと言うのだろうと思いました。

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