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病識を持つ

2019.04.23.05:54

中1から次第に離人感とか出て脳が怪しくなってきて(これは何かおかしいのでは?)と自分でも薄々感じていたものの……

友達居ない、母には言えない、先生は私がクラスでシカトされてることを見て見ぬ振りしてるから頼りにならない……
ということで、中途半端に思考停止したまま一人で悶々としておりました。

そのまま中2になってしまい、クラス替えの時に妙な男子から「一年の時からシカトされてたヤツが居る!あいつはバイキンだからシカトされていたに違いない!やーい、バイキン!」とレベルアップしてしまいましたw

私は言い返さないし、先生にも言いつけないし、親が出て来るわけでもないし、安全に意地悪できるわけです。
一人こういうスケープゴートが居ると、クラス全体が妙にまとまりますw
教師は何も気付いていませんでした。

最初はレベルアップに戸惑ったものの、離人感もかなり進行していたのか感覚が麻痺していて、まるで自分のことではない遠い世界の出来事のような気がしていました。
その頃は、イマジナリーフレンドというか、自分の中でだけ会話をするキャラクターが数人出来ていたので、彼女たちの会話を聞いて楽しんでいました。(防衛本能とは言え、私もわりと鋼のメンタルだなw)

私はキャラクターの名前や設定を考えることに何ヶ月も費やしたりとか、一人で静かに空想の世界に入り込んでおりました。
作ったキャラは、ちょっと浮世離れした穏やかなお嬢、元気で明るい女の子とか、数名です。
頭の中だけで人形遊びをするみたいな感じですかね。
自分なりにささやかな楽しみを作って気を紛らわせていました。
今思うと、(こんな風になりたいな)という自分の願望をキャラクターに投影していたのかもしれません。

「また今日も『そいつに触ったら腐るぞー!』とか言われた……」
「なにそれ、腹立つー!」
「ウフフ、お子様よねぇ?」

ってな具合で一人で脳内会話して、何とか平常心を保っていました。

ここでマンガやアニメにハマっていると、キャラを使って二次創作とか楽しい世界に入れたのかもしれませんが、テレビは見てませんでしたし、マンガも読んでませんでした。
単純に、テレビ見てると怒られたのと、マンガとか買えないのと、友達が居ないからそういう知識も無かっただけです。


小学5年以降は、本を読んでいれば怒られないと気付いたので、図書館で借りた本ばかり読んで過ごしていました。
買ってもらえないので、借り物です。

この頃には欲しい物や所有欲も消失していました。
小学生時代の引越しの度に色々捨てられたので、所有することに興味を失っていたのです。
いろんなものは、頭の中にあればいいと思っていました。
こういう条件が重なって、図書館の本が私には最適だったわけです。

中2にもなると、ちょっと小難しい本も読めるようになってきます。
理解して味わってるわけではありませんよ。
ただ漢字とか熟語を読めるようになるだけです。
でも、それを周りの大人たちが褒めるようになってきました。
「静かに本を読んで過ごす問題の無い子」として放置されることになりました。

結果、若いうちに自殺した作家にハマりましたw

特にハマったのは芥川龍之介です。
もちろん作品を理解して味わっていたわけではありません。
でも「歯車」に出てくる幻覚の描写が片頭痛の症状にちょっと似てたり、厭世的な描写の作品を見て(私もだ)とか思いました。

次第に自殺の具体的な方法を考えるようになりました。
いつ、どこで、どうやって死ぬか?
ということを思うようになったのです。

ここで、イマジナリーフレンドというか、自作キャラが止めに来ました。
「それはおかしいでしょ?」
「ヤダ、死ぬなんて怖いよ!」

一人でいるのに、頭の中では毎日会話していました。

この程度の脳内会話は誰でもやってると思っているので、これ自体は病気でも何でもないと思います。
ただ、これらのキャラクターが幻覚として視覚化したり、脳内会話が実際に耳に聞こえるような幻聴になっていたら、かなり脳がやられていると思います。

私の場合は「私が自分で作り出したキャラクターと擬似会話している」ということをはっきりと自覚していたから幻聴や幻覚になりませんでした。


さて、芥川作品の中に「神経衰弱」という言葉が出てきました。
中学生の私はトランプ遊びの「神経衰弱」しか知らなかったので辞書で調べてみたら、どうやらノイローゼらしいものだと分かりました。

では、ノイローゼって何?
とまた新たな疑問が生じて、辞書やら百科事典やらで調べてみたら、精神の病気らしいということが分かってきました。
そして、百科事典のノイローゼの項目の近くには他の精神疾患の症状も書いてあります。
ついでにそれも興味本位で見てみたら、ウツ病の症状として書いてあることの殆どが私にも当てはまることが分かりました。

「私は病気なのかもしれないな」と思いました。

ここで変にカッコつけるとかして厨二っぽい演出を加えなくてよかったです。
「私はウツ病……フヒヒ……」みたいな?
謎のキャラ付けを自分にしませんでした。

病気を自分の付加価値にしてしまったら、アウトだったかも。
やったことないので分かりませんが、一線超えてる気がします。
病気にしがみ付いて依存してしまうから。


ただ「私は病気なのかもしれないな」と思うだけ。
自分で自分の病気を認識して、自分は病気(かもしれない)と自覚する。
これを医療用語で「病識」といいます。
精神疾患に於いては、病識の有る無しがその後を大きく分けます。

本から得た知識だけで自己診断しなかったのも偶然とは言え、良かったです。

「病気かもしれない、でも違うかもしれない」
「今の私が医者に診てもらうのは無理だ」
「これが続いたら本当に病気かもしれない」
「病気かどうかを自分で決めるのは危ない」
「自殺したいと思うのも、病気のせいなのかも」
「高校までは耐えられるかな。病院行きたいな」

こう思うようになりました。

自殺したい気持ちは、時には抑え難い衝動にもなりました。
その時「いや、これは病気のせいなのかも。脳内物質のせいなのかも」と思うことで衝動を食い止めていました。

さらに、時代のおかげというか、心理テストがブームになっていました。
そこから派生して、心理学とかココロの病気について易しく解説した本もたくさん出回ってきました。
それらを本屋さんで立ち読みしたり、図書館で読んだりして知識を頭に入れました。

偶然ですが、頭が心を助けていました。
病識を持つことは命を守る上で重要だし、何年か後のウツの治療にも役立ちました。
ただ、自己診断は無理です。
自分で決めつけてしまうと自分を見失います。

中学~高校生の間は精神科医の診察を受けることが出来ませんでした。
何度も死にたくなりましたが、その度にイマジナリーフレンドというか、自分で作り出したキャラクターたちが「ヤダ!」「怖い!」と騒いでくれました。

自分で作り出したキャラクターが「死ぬのは嫌だ、怖い」と言うのだから、それは私の中から出てきた言葉だということも自覚していました。

「やっぱり私はウツ病かもしれないから、自殺したくなってもやめといたほうがいい」
という風に考えることが出来るようになりました。
「診察を受けるまで自殺は延期しよう」とか。

病識が無いと治療は無理です。
「これは病気だからなんとかしよう」って気持ちを自分で維持しなくてはいけないからです。

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義母の怒り

2019.04.22.20:39

義母から怒りの電話が来ました。
私が怒られたんじゃなくて、愚痴ですかね。
とにかく怒ってた。

義母は義妹の家に明日から毎日来るように呼びつけられたんですと。

義妹は中学教師です。ご主人も中学教師。
ご主人は部活の顧問で毎日夜遅くなる。
義妹は修学旅行のため明日から二泊三日居なくなる。
そこで毎日子守に来いと義妹が言うわけです。

この春から高校生と中学生になった孫たちの子守って、どうよ?
高校生と中学生よ?
お年頃よ?
もっと別の心配なら分かるけど、留守番して子守って、どういうことー!?


と、義母さんは吠えています。
今までも義両親はしょっちゅう子守に行ってたんですよ。
でもそれは小学生の間だけ、と思って我慢していたそうです。

でも、これだけじゃなかった。
義母の怒りの直接の原因は、今朝かかってきた間違い電話だったのです。

それは義妹の姑からの間違い電話でした。
赤の他人なら「すみません、間違えました」で終了するのですが、孫の祖母同士なので、軽く世間話が出たそうです。

義妹の姑は言いました。

今年から孫たちは高校生と中学生になって、全然手がかからなくなったと聞いておりますのよ、オホホ……

これを聞いた義母さん、心中穏やかではありません。
しかし角が立つ言い方は出来ず、曖昧な返事をしてやり過ごしたそうです。

で、怒りが収まらないのでウチに電話してきたというわけ。

ヒドくない?
私、しょっちゅう子守に呼ばれてるし、明日からだって行かなアカンっていうのに!
なんで義妹姑さんに「手がかからなくなった」とか「高校生と中学生になった」とか教えてもらわなアカンのよ!
わざわざ教えてもらわんでも、よーーーく知ってるわ!


義母さん、吠えまくったらスッキリしたようです。

義妹はよほど姑と関わりたくないんだろうな。
うるさく口出しされるのが嫌だから、「子供たちは手のかからない良い子になってる」っていう、姑受けを狙った報告をしているんでしょう。

義妹のダンナは何やってるんだろう……
子守が必要な高校生と中学生って……大丈夫なのか?

なんか色々モヤっとする義妹一家ですが、まあ、私は他人なので放置です。
義母は義妹一家には口出しせず、協力要請されたから手伝ってるだけだし。

これも義両親がそのように義妹を育てた結果かもしれないし。
義妹夫婦が教師ってのが、もう終わってる気がするけどw
親が教師だと子供は大変だなあw

義母は利害関係の無い中立の私に、たまにこうやって家族の愚痴を言って心をスッキリさせることがあります。
義母はサヌキのタチなんだろうなと思います。
義母は一度吠えたことを後で蒸し返したりしないのです。
この切り替えの良さ。
だから私は義母が好きなんです。
アワの私は見習いたいところです。

思考力の欠如がウツを招く

2019.04.22.06:11

丁寧にウツ病体験を掘り起こしているうちに、30年前のことを思い出しました。
季節もちょうど、今ぐらいのことです。
それを書いてみることにします。


母《幼児期5奉仕者》のダブルバインドに疲れ果てて、自分の気持ちや考えを表明することをやめてしまった中学時代の私……

心も環境もヂゴクでした。

何か言うと怒られる、貶される、嗤われる。
毎回母の基準が変動するからそれに合わせてこちらも言うことを変えると「前と違うこと言ってる!」と怒られる。
母の一貫性の無さを指摘すると「生意気な!」と叩かれる。

しかも、たまに母は異様に優しく穏やかになり、ベタベタと撫でてきたりすることもありました。
毎日母に振り回されてヘトヘトなのに、(やっぱりお母さんは優しいんだ)と思って、母を見限ることが出来ませんでした。

こんな一貫性の無い態度、子供にとって害悪だということは今なら分かりますが、当の子供にそんなこと理解出来るはずがありません。
私は母の愛情を得るためなら何でもするようになっていました。
愛情ではなくて、気まぐれな可愛がりだったのですが、そんなこと分かりませんでした。

生まれて13年間、毎日これをやられ続けて心はズタボロです。
自分の頭で考えることは全て無駄になるので、考えることを放棄して、ただ母の顔色を窺うだけ。

「傷つきたくないから、最初から自分を持たない方がラクだ」と短絡しました。
つまり、本当は自分を大切にしたかった。
傷つきたくないということは、そういうことです。

しかし、当時の私にはそれが自覚出来ませんでした。
これがそもそもの痛恨のミスですかね。
頭の足りない13歳がこれを自覚するなど無理ですが。
いや、中1だったからまだ12歳かな。
まあどっちでもいいや、思春期の入り口です。


小学4年までは、まだ言葉もよく分からずよく考えもせず、《老年期4賢者》の叔母もしょっちゅう泊まりに来てたからまだ耐えられました。
叔母は私が通っていた学童保育所の指導員でもあったので、母と過ごすよりも長い時間を叔母と過ごしていました。

小学5年から叔母と別れ、転校と引越しで暗くてボロい山の麓の団地に移り、友達もなかなか出来ず……
それでも小学校では少し友達が出来たおかげでまだ耐えられました。
(教師にはやられたけど、それはまた別の話)

ところが中学では、誰一人知り合いの居ないクラスになってしまったのです……
引っ込み思案で受け身な私は完全に乗り遅れてしまいました。

その頃にはもう、母以外の人からかけられる言葉すら、ダブルバインドに聞こえてしまうという厄介な状態にも陥っていました。
しかもそれを私は全く自覚していませんでした。
更に、自己肯定感が育っていなかったので、変に卑屈になっていたのです。

暗くオドオドしながら周りの顔色と反応を窺っている、ただ受け身なだけの覇気が無い子供です。
30年前の田舎の中1なんて、ほとんど全員キャピキャピしてたのに、一人だけこれでは気味が悪いですよね。

ところが、昔の私はまあまあの美少女だったのです。(今の私とは別人だと思えるレベル)
その見た目に騙された数名の女子が、私に「可愛いね」と声をかけてくれました。
クラスに馴染むチャンス到来です。

しかしながら、当の私は自分に全く自信が無く、母に言われる通りの「目と目の間が不自然に広い、マンガの『じゃりン子チエ』の登場人物、ヒラメちゃんみたいな不細工」と思い込んでいたので、バカ正直にそう言ってしまいました。
(拾い物画像、左がヒラメちゃん)


これが大変な嫌味に聞こえたらしい。
即、女子全員敵になってしまいましたw

今だから笑ってますが、当時は訳が分からず混乱しました。
怖くて何も言えなくなりました。
それからずーーっと、シカトされ続けることとなりますw

ほら、ぼっちの女子にわざわざ声をかけてくる行動力のある女子ですよ。
「一人でいるのが可哀想だから、誰かこの子を仲間に入れてあげなよ(自分たちのグループには入れないけどねw)」という謎の正義感でクラスを仕切る女子グループです。
スクールカースト上位の影響力ある女子だったので、クラス全員に「あいつムカつくからシカトね」とやられました。

シカトだけで済んだからまだ良かった、と今は思いますよ。
でも、こう思うのは「今の私」です。

当時の私は、家でも学校でも「要らない子」として扱われているように思ったので、かなり辛かったです。
何処にも居場所が無くて。


ここで私は家と学校以外に居場所を見つけることが出来れば良かったのですが、それが自力で出来ませんでした。

自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、どうして欲しいのか、どう在りたいのか、ということを自力で考えることが出来ませんでした。
そこまでの思考力が備わっていないまま、母親以外の人とのコミュニケーションがほとんどなくなってしまったからです。
その頃の弟は、「兄が居たならいいけど、姉なんかと遊ぶのはダサい」ということで私を相手にしてなかったので、家でも会話する機会がほぼありませんでした。

小学生のうちに内向的な性格をどうにかしておくべきだったのでしょうけれど、引っ込み思案で過度の受け身ゆえ、どうにも出来なかったのでした。
言い訳じみてますが、小学生の時は3回転校したので、引っ込み思案なくせに転校生属性があったおかげで難なく友達が出来たのです。
自分から声をかけて友達を作った経験を全く積んでいませんでした。
10歳位までの頃はクラスの中でも幼く小柄な方だったので、自然と可愛がられてむしろ人気者でした。
家で母の相手をするのが大変な分、学校ではあまり苦労が無く、息抜きの場のように思っていて努力もしませんでした。
ここら辺、生来の怠け者である賢者魂の悪い面が出てます。

さて、ヂゴクの一丁目、中学一年生。
四月の半ばを過ぎる頃には、女子は小グループでガッチリ固まってしまいました。
入り込む余地なんかありません。
その上「私なんかヒラメちゃんみたいで可愛くないよ」の自爆テロをやらかしてカースト上位女子の顔面コンプレックスを無自覚に刺激してしまい、もはや壊滅的です。

感情面ですっかり萎縮してしまい、ひたすら怖くて、悲しくて、頭がちっとも働きませんでした。
ウジウジ、メソメソ、誰にも言えず思い悩むことになります。


学校でシカトされてるとか、母には言えません。
学校はうまく行ってることにしておかないと怒られるから。
母に突っ込まれた時の言い訳を捏造することだけに頭を使っていました。

これを当時の私は「一生懸命に考えているつもりでいた」のだから、なんともお粗末な話です。

せっかく話しかけてもらったのに、何故かシカトされることになってしまった悲しみと恐怖が発生しました。

自分が無いし、自分に自信が無い。
しょっちゅう「産んだのが失敗だった」と母に泣かれたり怒られたり。
「私は要らない子なんだ」という強固な思い込みを裏付けるように、学校でもひとりぼっち。

(私なんか生まれて来なければ良かった)
(もう死ぬしか無いのかな……)
(死ぬのは苦しいのかな……怖いな……)

毎日こんなことを思いながらも、家でも学校でもほどほどに良い子で、目立たないよう過ごすことを機械的にやっていました。
いろいろ心で感じると辛いからです。

本当は様々な感情が溢れ出しているのに、それをぐっと我慢して封じ込めてしまい、それを続けるうち、本当に感情が鈍ってきてしまいました。


この頃から自律神経のバランスが崩れたのだと思います。
自分が何かすっぽりと膜に覆われているような、奇妙な感覚がするようになり、周りのことをイキイキと感じることが出来なくなりました。
まるで現実味を感じられず、自分の身体が生身の人間でないような。
五感も、何かフィルターを通しているような、何とも言えない違和感。

これを医療用語で「離人感」とか「現実感消失」と言います。
この頃から少しずつ、脳の病気に移行しかけていたのです。
また、月経が始まりかけていた頃でもあり、ホルモンバランスの乱れもあって、かなり情緒不安定になりました。
いきなり不安になって動悸がしたり。
パニック発作のようなものでしょうかね。
誰にも言わなかったし、誰にも気付かれませんでしたが、人知れず耐えていました。

この頃から、怒りや悲しみで感情が高ぶったときに何か発言しようとすると喉に石が詰まっているかのような感じがして息苦しくなり、声が出なくなってしまいました。
(この症状は35歳ぐらいまで残りました)
怒りや悲しみを表現しようにも言葉を話せなくなり、嗚咽しか出ません。

普通の時はちゃんと声が出るし、話せます。
でも、泣いてしまったりすると言葉が出ません。
これは自分でもおかしいと思っていました。
吃音とも違うような気がします。
頭の中に言葉はあるのに、声にならないんです。
怖かったし、大変もどかしい思いをしました。

何もイキイキと感じられず、無気力・無関心・無感動になりました。
感情が本格的に抑圧されてしまったのです。
母と争うのを回避するためだけに機械的な反応をする毎日です。
自分の意見や感情は邪魔なだけでした。


ここまで来ると病気ですね。
自分が傷つきたくなくて、自分を抑圧してしまいました。
ちょっとやり方を間違えてしまったというか。
思春期までに、適切な感情の表現方法と、頭で考える経験を積んでいればよかったですね。

今はこうも思います。
思春期の感情ってすごく強いのに、それを制圧してしまったのだから、逆に考えると私、けっこう強かったんじゃない?
適切な方向にこの自己統制力を発揮できたら、かなりいいセン行ったかもしれないのに、残念でしたねw

自分を制圧するよりも、頭を使って考えながら制御しつつ、感情を表現できたら良かったなと思います。

やはり、思考力が低いのが決定的な別れ目なのでしょう。
他にもウツになる要因はあると思いますが、思考力はかなり重要です。

ウツになる人はものごとに感じやすいゆえ、人間らしいと言えます。
しかしながら、ウツになる人は思考力が乏しいので、人間未満とも言えます。

ウツの人は、頭を使って考えてません。
考えてるつもりなのは分かりますが、残念ながら、思考してないんです……

感情豊かな人は、思考力を鍛えた方がいいですね。
難しいけど。
あれこれ感じて短絡して思い込み、冷静に思考せず、心を暗くして拗れに拗れてウツになったと思うのです。

今の私も、厳密には思考していないと思うんです。
ただ観察したことを記録しているだけなので。

超えられない壁を感じてはいます。
でも、一生かけてやり続けるしかないです。

ウツは防衛反応

2019.04.21.06:26

「真面目で優しい人がウツ病になる」
「賢くて繊細な人がウツ病になる」

とかいうことを、ウツ病診断を受けた学生時代に言われました。

多分、慰められたのだと思いますw
自殺未遂やらかしてますから。

真面目で優しい……融通が利かず気が弱い
賢くて繊細……余計なことをあれこれ思い悩む

ということでしょうかね。

こういう基本的な性格に加えて、過酷な環境とか、変に努力家なところ、努力すればどうにかなる信仰で脇目も振らず生活していたせいで、常に緊張状態でした。

だけど元々能力には限界があって、とうとうパンクしてウツ病、休むとか逃げることすら考えられずに自殺未遂ということになりました。

死ぬぐらいなら死ぬ気でやってみろ!とか、死ぬ気で逃げろ!って思うでしょ。
今の私もそう思いますよ。
それが出来ないのがウツ病です……

本人が対処しきれないほどの過剰なストレスや過酷な環境で緊張状態に置かれ、交感神経優位に働く日々が続くと、「闘争か逃走か」という生命の危機を動物的本能で感じるようになり、身体もそのように反応して症状が出てきます。

ここで「闘争」を選べる人は、おそらく深刻なウツには陥らないかと思います。
「逃走」を選ぶにしても、「戦略的逃走だ」と考えて行動出来るなら、やはりまだ深刻なウツではないでしょう。

ウツ病当時の私は、「死ぬ気で逃げる」という選択肢があるのは頭では認識していました。
でも、私はそれを選べませんでした。
どうしても、逃げることが出来ないんです。
妙な責任感と義務感で身動き取れなくなって硬直状態に陥っていました。

「闘争か逃走か」どちらも選べない場合の「凍りつき」です。


私のウツは短大に行ってから発症したように見えるので、周りは「短大の過酷な生活のせいだ」と思っていたようですが、違います。
ウツを自覚したのは中2の頃でした。

短大の看護学生は、普通の短大生に比べるとハードな生活ではありますが、私の場合は過酷な生活は引き金だったに過ぎません。

いつかこうなることは何処かで分かっていたけれど、どうにも出来ない処まで来てしまった、という感じです。

やはり母からのプレッシャーと将来への不安、卒業後も逃げられない絶望感ですかね。

母から離れるために短大を受けたわけですが、奨学金を借りなければ進学出来ませんでした。
3つ掛け持ちしたんですが、日本育英会と県の奨学金と病院の奨学金だったんですね。
高校生の私にはそれしか見つけられなかったわけですが。
卒業後はお礼奉公をしに戻らなくてはいけない。
看護師確保が大変なので、看護学生に奨学金を貸し付ける代わりに卒業後働く約束をするわけです。

母は卒業後の私にタカる気満々でしたから、絶対に私を手離そうとしませんでした。
子供の頃から母にはどうしても逆らえない体質になってしまっていた私は、クソ真面目に母の希望を叶えてあげないとバチが当たるとか考えてしまうのです。

またこの母は、外面がやたらと良くて、「昔はちょっとグレてたけど実は名士の娘で、今は更生した健気なシングルマザー」という看板を背負って歩いていました。

母は更生なんかしていませんでした。
ただ外面良く振る舞うテクニックに長けていただけです。
モラル崩壊、自堕落な生活、だらしない異性関係、占いやマルチにハマるのは相変わらずでした。
プライドの高さから、ギャンブルに手を出していなかったのがまだ救いかも。
可笑しいのは、高い化粧品を通販して使ってることは秘密なんです。
「何もしてないのに綺麗な母親」のイメージが大切だから。
高い化粧品を使えるのは、母の彼氏が高給取りだからです。

母のために嘘の生活をするのが嫌だと思っていても、それすらも自覚出来ないほど感覚が麻痺していたので、「なんだか分からないけど母と暮らすのは嫌だ、でも母の望みを叶えなければ親不孝の人でなしなんだろう、だからやるしかない」と諦めていました。


こう思い詰めてしまったのも、ダブルバインドにやられてたからです。

母はよく私を知人に紹介して「ウチの子はもうすぐ看護師になるの」と自慢し、「何かあったらウチの子を使ってね」と優位に立つ材料に使っていました。
「あら、いいわね!お母さんは苦労なさったんだから、これからしっかり恩返しなさいね」とか言われるわけです。
(母は日頃どんな身の上話をしてたんだか……)

その上で母は、「そうは言うけど、やっぱりあやにゃんの人生なんだから、好きにしていいのよ?」と物分りの良いことを言う。
そこで「やっぱり苦労してきた人は言うことが違うわね!」とか言われてご満悦なわけで、私も変に優等生なので「勝手にしやがれ、あばよ」とか出来ないんです。
お礼奉公先の病院も決まってたし、逃げられない。

母はこうやって私を束縛しました。
影からこっそりコントロールするのが得意な《奉仕者魂》を地で行ってるので、母は楽しそうでイキイキしていました。


母は自己愛性パーソナリティ障害だろうと思います。
この手の人物には正攻法で太刀打ちできません。

私は自分の人生を生きることが出来ない絶望を、無意識で感じていたわけです。

これを意識化できていれば、言語化できていれば、少しは違ったかもしれません。
学生時代、休学した期間だけのカウンセリングでは時間不足だったのでしょう。
でも、当時はそれが精一杯の最善でした。
だから休学期間に治療を受けておいたのは良かったと思います。

私の場合、いつも自分がありませんでした。
少しずつ時間をかけて、自分を取り戻しながら、自分を作っていきながら、ウツの原因と思われる過酷な環境、母との共依存からの脱出を試みました。

このとき、医者の言うことを一辺倒に信じ込むとか依存していては、やっぱり限界がありました。
ウツを克服するとかやっつける意識でいると、無理なんです。
だって、ウツは自分で作り出した必死の防衛反応だから。
ウツ症状と、ウツを生み出した自分自身も、丸ごと抱きしめるような気持ちで、ウツと共存していく覚悟があると良いかと思います。

私の場合は、自分がうまく育ってないとか、自分をうまく表現出来なかったことが根本的な原因かと思えるので、心を鍛えていく必要がありました。

思いつくまま書いていて整序できていませんが、元ウツ病患者の生の声として何かの参考になればと思います。

このシリーズはしつこくダラダラ続きますw

バブのチーム

2019.04.20.09:00

今年の大型連休、バブの会社は9連休になります。
今日は土曜で本来は休日ですが、バブのチームは出勤させられています。
バブは家にいますが、なんか、上の方から命令されたみたいで。

土曜も出勤させられる若手を気の毒に思ったバブ、こんなことを考えました。

通常の9連休に年休と代休をぶつけて超特大連休にしたら、土曜に出てくれるか?

若手社員は代わりに休めるなら、と土曜出勤を快諾してくれたそうです。

んじゃ、バブのチームは全員きっちり14連休な。
個別に管理するの面倒くさいから、みんな揃って休んでおくれ。
家族とたっぷり遊んだ後、たっぷり寝て回復してから会社に出て来られるな?


ヤル気出たっス!
土曜も働くっス!
うおお、14連休じゃーー!

超特大連休はバブの部下だけです。
バブは普通に9連休。
バブは私の誕生日、バブの誕生日、ルルちゃんの命日、分散して休んでますからね。

バブのチーム全員休ませている間、バブもマッタリしながら何かの細工をするつもりなのでしょうねぇ……
王魂は常に全体を見てるし、どんな行動も何かの戦略の一部なんでしょうね。

バブの場合、戦略的なのは仕事だけです。
家ではひたすらグータラです。
グータラしながら頭は働いているのでしょう……

どう反応したか

2019.04.20.06:30

体調は悪いが機嫌は良いので、吐き気を伴う頭痛がいつから始まったかよく思い出してみたら、小学5年からでした。

片頭痛の典型的な症状です。
・ズキンズキンと拍動するような痛み
・眩しさ、強い臭い(香水や化粧品など)、大きな音で酷くなる
・吐き気を伴う
・頭を動かすと痛みが増す
・目の前が白っぽくチラチラして立っていられなくなる

小学5年でかなり環境が変わったので、ストレス反応でしょうね。

転校と引越しをしたのも大きいですが、《老年期4賢者》の叔母と別れたのが大きかったです。
庇ってくれていた人を失いました。

これらのストレスに適切に対応しなかったので、後年ウツになっていったのだと考えてます。
片頭痛の原因となったストレスを放置したから、内向的な私は片頭痛持ちのまま、ウツにもなっていったということです。


その時何があったのか、何をされたのか、というのはだいたい思い出せたんですが。

肝心の、その時の私はどのように反応したのか、ってのがイマイチ思い出せません。
なんか身体の中に沈んでて出てこないですねえ。

でも今掘り出そうとしているので、身体症状となって出てきているのかもしれません。
しかし、これでは現在の大人になった私の心が納得しません。
何をどう感じたのか、真相を知りたいからです。

当の本人の私は知ってるはずなのに思い出せないので、よほど嫌な気持ちだったのでしょうね。
それを受け止めることが出来るようになれば思い出せるのでしょう。
それができれば多分片頭痛ともオサラバですよ、なんて期待していたりします。
(そんな単純で虫のいい話があるかよ、と自己ツッコミしつつ)


ウツは甘えというのに異論は無いです。
だいたい、ストレスを表現できず解消するための行動も取れず、察してもらって周りに何とかしてもらおうと我慢していたので。
周りに甘えている察してちゃんはウツになりやすいタイプだと思います。
本人には甘えている自覚が無いし、波動的に本人と同レベルの人から見ても甘えているように見えないんですが、高い視点からは見える甘えです。

だからといって「甘えてんじゃねえ!」で片付けてしまうのも乱暴な話なんですわ。
うまく言語化・解消出来ずにいるストレスで自律神経失調状態になると、もはや脳の機能低下を起こしている段階でもあります。
つまり脳の病気に移行してる。
ここまで来てしまうと、気合いとか根性とか波動高い分かってる人が諭すなどではどうにも出来ません。
やはり専門家の介入も必要かなと思います。

でも、薬でスッキリ解決するのは不可能です。
不安感を多少紛らわせることはできますが、その間に根本的なストレス源を何とかしないと無理です。
それはちょっと考えたら分かることなのですが、これが分からないのがウツになる素地を持つ人なんですわ。
子供の場合は親が分からないんですかね。


プレッシャー、心配ごと、環境の変化による身体的負担などで常に緊張状態になると、自律神経のうちの交感神経が優位に働くことになります。
動物の本能として「闘争か逃走か」っていう危険を感じている状態です。

これがずっと続くのが問題になるわけです。
脈が速い、動悸、眠れない、不安感、焦燥感が出てきます。
血圧が乱高下してフラついたりします。
よく立ちくらみのことを「貧血」といいますが、あれは起立性低血圧です。
体温や血圧や心拍数、胃酸の分泌や消化などは自律神経が自動制御しているんですが、これが乱れてきます。

つまりこの片頭痛は、小学5年の私がストレスから心と身体を守るために引き起こした症状だということも、忘れてはいけないと考えています。
様々な身体症状は、「頼むからもう休ませてくれ」っていうサインなのです。

多分、小学5年の私は無理を重ねていたんです。
休みたかったのだと思う。
新しい学校で意地悪されるし、叔母がいなくて寂しいし、友達とも別れてしまったし。
でも、それをきちんと言えなかったし、言える状況でもなかった。
それで本当に頭が痛くなった。

でも、仮病だと言われたんですよ。
それははっきり覚えています。
本当に頭が痛くて吐き気がしてたまらなかったのに。
タバコ臭いのが嫌だからやめて、って意を決して言ったから仮病認定されたのかも。

服や髪にタバコの臭いが染み付いて、臭かったんですよ。
それが元で新しい学校で虐められました。
同じ市内の小学校なのに、全く雰囲気が違ってて。
なまじ同じ市内ってのが良くなかったのかも。
部活なんかで対戦しますから、「敵の学校から来たヤツ」って感じで、男子からも女子からも意地悪されました。

頭痛は四月下旬に始まりました。
ちょっと暑さを感じるほどの陽気の体育の時間。
私は体育が大の苦手でして。
うまくできないことを笑われたりバカにされたり、毎回泣きたかったです。
それからはしょっちゅう頭痛がして、いつも頭を抱えてうずくまってました。
耳鳴りもひどいです。
物心ついた頃には耳鳴りがあったのですが、耳鳴りがうるさくなりました。

家も学校も、頭を抱えてうずくまりたくなる環境だということを、言葉で言えなかったから、身体で表現したんですかね?

気持ちは分からなくもないです。
今の私なら、「この子はストレスを抱えているな」と分かると思います。
《老年期4賢者》の叔母も分かったでしょう。
でも、母には伝わりませんねえ…( ;´・ω・`)

いくら日本語が話せても、自分の気持ちをきちんと言葉で表現できるかどうかはまた別の話。
自分の本心を自分できちんと自覚できているかどうかも、外からは分かりません。

多分、小学生時代が本心を自覚していた最後の時期だったと思います。
これ以降は徐々に、本心を自覚しないようになっていきました。
いろいろ感じるとつらいから。


母のダブルバインドが始まったのは、おそらく物心つく前からなので、母の意図を察する癖がついていたのは間違いないです。
その代わり、自分も本心を言わないことが当たり前になっていたのでしょう。
自覚しつつも、意識的に言わない。
言えない。言うと否定される、怒られる。
察することがコミュニケーションの基本になっていたので、気付いたら「察してちゃん」になっていました。
これしか出来なかった。
自分が「察してちゃん」だと自覚したのって、パンドラを見るようになってからです。

弟は母以外の人とも独自に深い交流があり、持って生まれた社交的な性格もあり、察しが悪い性質もあり、察してちゃんにはなりませんでした。

察してちゃんの相手なんて、小学生には無理ですわ。
大人でも面倒くさいのにねえ。
「敵の学校から来た変なヤツ」だし、意地悪されて当たり前です。


それでも、女子の友達は少しできました。
校舎がとても面白い学校で、私はすっかり魅了されたんです。
それを「察して」くれた女子が数人いて、少しずつ仲良くなって、放課後に学校を探検しました。
「敵だ」と思うよりも、転校生に対する好奇心の強い子もいたわけです。

木造の大きな古い校舎で、ワクワクしました。
怪談にも事欠かない。
校舎を使った宝探しゲームを考えたり、放課後はとても楽しかったです。
(拾い物画像)
これは、ドラマ撮影が決まって綺麗に塗装された校舎。本当は塗装なし!めっちゃボロでした。
ツツジの蜜が美味しいのもここで友達に習った。


学校でデビュー当時の19歳だった若村麻由美さんを見ました。
すごく綺麗なお姉さんでした!
私が和服、殊に袴を好むのは、初めて間近で見た若村麻由美さんの衣装の影響もあるかもしれません。
「はっさい先生」という連続テレビ小説でした。
学校が映る日だけ特別に、給食の時間にみんなで観ました。
学校が映ったら大騒ぎ。
(拾い物画像)


最初は大変だったけど、校舎が友達を作ってくれました。
だから、団地に帰るのが辛かったです。
かと言って、学校に残っていても、一人になると、ちょっと怖い感じがする校舎でした。
とにかく古くてボロくて、夕方以降は急に暗くなるんです。
雨漏りするし、寒いし。
アルミサッシが無かったので。
ガラスも薄い飴色の昔のガラスだから、割れたら替えが無い。
あの薄い飴色ガラスを作ってるガラス屋さんがもう無かった。

「もう暗いから早よ帰れ!」って先生に言われなくても、暗くなってからあの学校に居残る勇気は無かったなー

でも好きだったな。
最初は意地悪されたけど。


あれ?
片頭痛になったきっかけを書いてたのに、いつの間にか小学校の楽しい思い出になってた。
まあいいか。
本当のジゴクは中学校だったしw
本心を自覚出来なくなっていったからですが。

せっかくなのでしばらくこうやって、当時の私が何をどう感じていたか、思い出してみます。

今日も引き続き

2019.04.19.18:41

昨日に引き続き、今日もほぼ一日中眠りとともに過ごしておりました。
よくもまあ、こんなに眠れるものだ。

今日もたくさん夢を見ました。
特に印象的なのは、小学5年から高校卒業まで住んでた団地の夢でした。
たったの8年間住んでた団地ですが、人格形成に与えた影響からすると、ここで過ごした間の出来事が私の人生の全てと言ってしまっていいでしょうね。
この団地は、今までに何度も夢の中の家として登場しています。


大人になった今の私と、最後に見た時の弟(27)が登場しました。
母はいなかったな。

団地は狭くて暗い部屋で、夜になってました。
私は一通り見て回って、あっという間に見終わって、部屋にいた弟に話しかけました。
「この部屋はひどい臭いだね。虫、湿気、タバコ、カビの臭いがするよ」
弟は「へえ、そうかな?」とキョトンとしていました。
実際には無かった、年季の入った大きな金ピカの仏壇の前で、弟は寛いで座っていました。
仏壇はたいへん手入れされて花など飾ってあり、祖父の家のものに似ていると思い、部屋が狭いので、まるで弟が仏壇を背負っているかのように見えました。

二人ともここに住んでいるわけではなく、ただ興味本位で見に来ただけという感じでした。


おそらく夢で弟に会ったと思います。
弟にとっては、高校2年から卒業までの間、一人暮らしをした団地で、おそらく彼にとっては楽しい場所です。

私は逃げ出したいけどここに帰るより他無かった場所です。
姉弟間の認識の違いを確認したのでしょう。

この団地に住んでいない設定の夢を見たのは、今日が初めてです。
これは、ちょっと、かなり、顕在意識の私が、潜在意識に迫ってきたのでは……?
ウツ病体験掘り起こしキャンペーンの成果かも?

弟は仏壇を背負っているような格好に見え、寛いでいました。
綺麗に手入れされている仏壇で嫌な感じがしませんでした。
弟が先祖を背負っているということでしょうか。
最後に会ったのは、祖父の葬儀の時です。
祖父は弟を誰よりも一番可愛がっていました。
祖父の供養は心の面では弟が担っているということかな。

先祖供養を引き受けてくれているとは(まだそうと決まったわけではない)、我が弟ながら頼もしいやつじゃ。
ありがとう、ありがとう。
とりあえず彼の無事と幸福を祈っておきます。

気分は悪いが機嫌は良かった

2019.04.19.06:37

一昨日、義父の悪口を書いた天罰なのか、何なのか、昨日の朝からすこぶる体調が悪いです。

めっちゃ頭痛するし、水飲んでも吐くし。
暑いのか寒いのかわからない感じで、熱中症に近い症状かなー
熱中症になるのは変なので、体温と血圧の調節がうまく行ってないっぽい。
更年期なのかもしれないなー、とか考えながら、バブの朝食だけは辛うじて作ったけど、どうにも気分が悪いのでまた眠りました。

ゴミ箱にポリ袋を何重かかけて、底にクシャクシャっとさせた新聞紙を敷いておいてゲロ対策しておいたら安心です。
気分悪いときに掃除できないので。

たまに目が覚めて、頭痛と吐き気はあるものの、気持ちは元気なのでスマホでゲームして、すぐに頭痛が酷くなってやめてまた眠って……を繰り返してました。

ルルちゃんは病気のとき、あんなに小さな身体で大変な苦痛を味わっていたのだ。
それでも立派に犬として高潔なる犬生を生き切ったのだ。
だから私がこれしきの頭痛や吐き気で感情的になっていては情けないのだ。

ということがミについてきたせいか、気分は悪いが概ね機嫌良く過ごしていました。


昨日は1日の大半を眠って過ごしていたのですが、眠っているとき、妙に現実味のある夢を見てました。
遊園地で飛行機に乗った夢を見て、目覚めてから(あれは面白かったなあ、また行きたいなあ)と思ってググッてみたら、そんな遊園地は存在しませんでした。
現実の思い出を夢に見たと思っていたので、純然たる夢だったことに驚きました。

どうも、先週からちょっと夢見とかおかしいです。
原因は、ウツ病の頃の記憶を詳細に掘り起こしたからだと考えています。
ブログに書けないようなキモい母の所業も思い出して(うわあああ!)ってなってました。
今も思い出すとムカついてくるので(機嫌が悪くなるのではなく、身体症状として吐き気を催す)、心と身体は密接に関連してるんだなあと思ったり。


でもまあ、体調がイマイチでも概ね機嫌良く過ごせるようになったのは収穫でした。
この際だから徹底的に掘り起こしてみるかな。

ロールケーキの入れ物

2019.04.18.06:03

フェルトロールケーキを入れるための適切な箱が無かったので、空き箱紙工作をしてみました。
作成過程の画像は残してないけど、適当にやってたらできました。

赤いリボンの手提げになってます。

材料は、アマゾンの空き箱とお菓子の箱と百均折り紙とリボンです。
あと、マスキングテープ。

蝶結びを解いたら箱がバラけます。

おままごとして遊びませう。


コロッと

2019.04.17.06:27

義父がまた!!スマホの操作方法についてあれこれ質問してきた。
よく訊いてみたけど、どういう状況なのかさっぱり要領を得ないので、スマホ屋に行って訊いてくれと電話を切って放っておいた。

そしたらまたまた!!
夜になってから義父の電話ですよ。

スマホ屋には行ってきたという。
そして尋ねてきたという。
それをフンフンと聞いて、教えてもらって、やってもらって、、、
そして、すっかり忘れて分からなくなってしまったんですと。
その場では分かったけど、帰ったら忘れたとか。

でも、また明日も同じことを訊くのは恥ずかしいんだってさ。
同じこと何度も訊いたら呆け老人だと思われるから、らしい。
だったらスマホ持つの辞めちまえばいいんだけど、同級生がほぼスマホ持ってるから自分もスマホがいいんだと。
さらに、自分の方がうまく使いこなしていると主張する。

スマホ屋の中の人には、義父がかなり厄介な呆け老人だということがバレてるだろうに、なんで爺いは若者に対して見栄を張りたがるんだろう。
それに、同級生と同じ……てか、ちょっと自分の方が上だと思いたがるのも意味不明。

あと、ワケもわからんくせに最新の機種を持ちたがるのはどういう神経?
5Gがいい?ハア?ふざけんな!
結局スマホ操作方法については忘れ、5Gが良いらしいと、コロッと洗脳されて帰ってきましたとさ。

コロッと●んでくれないかな。

プロフィール

あやにゃん

Author:あやにゃん
成人期 4 賢者
バブちゃん(夫)
成人期 3 王
ルル(光の犬)のこと書きます。たまにルルも原稿を執筆します。

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